明日 風になろう

地味で真面目で、時々おいしそうだなあって思われたいブログです。

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東京のくっきり富士山

朝、電車に乗って都内を移動していたら、窓の外を流れる景色の中に富士山が見えた。
立ち並ぶ家々の屋根の合間に山頂部分だけが飛び出して見えている。冬の澄んだ空気の彼方にくっきりとその輪郭が認められた。

富士山自体は茅ヶ崎で毎日のように見ているから、別に珍しくもないのだけど、都心から見るというのはそれほど日常の話ではない。まず何と言っても空気が濁っていたら見えない。

NHKのニュースだったと思うが、昨年はここ何十年かで都心から富士山が見えた日数が最も多い一年だったとか。そういわれると、確かに僕も去年は都内から何度も富士山を見た記憶がある。
改めて考えると、最近富士山ってよく見えるようになったなあということに気付く。

僕が20代のころは都内から富士山なんてあまり見た記憶がない。
今の中国ほどではないにせよ、都心部の空はスモッグがかかっていていつも白っぽかったし、富士山はもちろん、夜には星すらもほとんど見えなかったと思う。

それが今では都心部でも空はすっきりと青いし、夜は星もちゃんと見える。東京の空はいつの間にかとてもきれいによみがえっている。

ここへ至るまでには都による排ガス規制や工場のばい煙規制など数々の取り組みがあり、何十年という年月をかけたきれいな空気を取り戻すための歴史がある。
経済の発展と同時進行で、本来の美しい景観を取り戻していく努力を続けてきた人には本当に頭が下がる思いだ。そのおかげで僕らの子供たちは、汚れた白っぽい町で学校に通ったり会社へ通勤したりしなくて済むのだから。

東京の空気の美しさを実感するのは夕暮れ時だ。
都心のビル街でも青い空と白い雲の先に、西の空で燃えるようなオレンジ色に周囲を染めながら夕日が落ちていくのを見ると、映画のワンシーンを見ているような気がする。こんな絵も昔はありえなかった。

高層ビルや込み入った住宅街、大きな橋など、建築物や街並みの造形美とセットになった自然の美しさを感じられるのは都心部ならではの特権だ。そのまま切り取って絵ハガキにでもしたくなるような現在の東京の景観は、5年後のオリンピックにおいては、アスリートたちのプレーにも負けず劣らずのTOKYOのイチオシアイテムになるかもしれませんね。

せっかく取り戻したきれいな空。
ちゃんと守っていかないとね(^^)

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節分いまむかし

早いもので1月も明日まで。
つい先日年が明けたと思ったらもう1か月が終わってしまった。
あさってからは2月。
まだまだ本格的な冬がしばらく続く。

2月と言えば最初にあるイベントは節分だろう。
「鬼は外、福は内」と、今でも多くの家庭では豆まきが行われているのではないか。
僕も10年ほど前までは鬼のお面をかぶり、子供たちの豆の的になっていた記憶がある。改めて考えると、「鬼は外、福は内」というのは何ともストレートな希望の表明ですよね。

ところで節分というと、もう一つ定番になっているのが「恵方巻き」だろう。
節分の夜にその年の恵方(今年は西南西らしい)を向いて、目をつぶって願い事を思い浮かべながら、無言で太巻きをまるかぶり(「まるかじり」の関西方言)するのが習わしとされる。

この恵方巻き、今では毎年のように節分になると当たり前に家庭で食されているようだけど、僕の記憶に間違いがなければ子供のころにこんな習慣はなかったと思う。
節分というのは豆まきをする日であり、それ以外には特に何もしていなかったはずだ。それがいつのころからか、まるで昔からずっとそうであったかのように全国規模でのイベントになっていたのだ。

なので初めて知った時にはかなりの違和感を感じていたと思う。大体いい大人がある方角を向いてだまって太巻きを食うなんて意味が分からんというのが正直な感想で、どこかの企業が思いつきでやってるんだろうから、すぐに消えてなくなるだろうと思っていたくらいだ。

実際にこの恵方巻きという節分のイベントが全国区になったのは、1989年に広島のセブンイレブンが売り上げの落ちる1~2月対策としてキャンペーンを張って売り出したところヒットして、それが90年代後半にかけて全国のコンビニを中心に年々広がっていったというのが実情らしい(出展:Wiki)

いずれにせよそれ以降、毎年新年になってから2月頭まで、コンビニ中心にテレビのCMはほぼ恵方巻き。バレンタインとかと同じで、商業的に作られた習慣だったワケですね。

前述のWikiによると、そもそもの恵方巻きは江戸時代末期に大阪の商人たちの間で、商売繁盛と厄払いの目的で節分に太巻きを食べるという起源が伝わっているが、真偽のほどは定かではないらしい。突然セブンイレブンが思いついて始めたわけではないのですね。

ただ、もともとは七福神にちなんだ7種類の具材(かんぴょう、キュウリ、シイタケ、伊達巻、うなぎ、でんぶ等、必ずしも特定の7種ではない)を使っていたのが、いつの間にかそれと全く関係ない海鮮巻きみたいな太巻きが登場したりして、商業イベントらしい一人歩きもしている。

文化というのはいろんな背景で作られたり変化したりするのだなあと、この記事を書くためにいろいろ調べながら思ったけれど、もともと太巻き自体そんなに好んで食べない僕は、きっとこの先も恵方巻きとは縁のない人生を歩むのだろうなあと思います。

あんな太い巻物、途中できっと飽きちゃうし(+_+)

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春の使者、第一号

仕事からの帰り道にスーパーで買い物をしていたら、青果のコーナーで「ふきのとう」が売られていた。
薄い緑の親指大くらいのつぼみが、少し早目の春の使者のようにショーケースに並んでいる。毎年この時期には店頭に出ていたのかもしれないが、去年までは全然気づかずにいた。無意識に口元へ持っていったが、ラップに包まれているので当然何の匂いもしない。

ふきのとうのその独特の香りが、子供のころからずっと好きだった。
郷里の富山の片田舎で、長い冬がもうすぐ終わることと春がすぐそこまで来ていることを教えてくれるのが、ふきのとうだった。

ずっと雪に閉ざされていた実家の前の田んぼや小山(丘という方がいいかもしれない)が、少しずつ表面の土を見せるようになる3月の中ごろにかけて、僕はよく長靴を履いてその雪解け途中の山のほうへ遊びに行った。

それまで雪に埋もれて家の傍からほとんど動けない毎日が続いていたから、ちょっとでも遠くまで足を伸ばしたくなるのだ。田んぼ道のあちこちで融けた雪の下に土が見えていて、道のわきでは雪融けの冷たくてきれいな水が小川を流れている。その水の量の多さと勢いを見て、急速に冬が終わろうとしているのをワクワクしながら期待していた記憶がある。

雪は融けだすとあっという間にその陣地を明け渡していき、でもまた思い出したかのように寒くなると新しく降り積もり、そしてまた融ける。その間隔がだんだんと狭まっていって、徐々に雪が残っている場所はなくなり、土は乾いていく。春はそんな風に少しずつ自己主張を強くしていった。

3月も終わりごろになると、実家の前の田んぼ道もずいぶんと乾いて長靴じゃなくても歩けるようになってくる。まだ空気はひんやりして、空は怪しげな雲が常にある程度は居座っているのだけど、かなりの時間お日様も顔を出すようになっている。
地面に新しく今年の草の青々とした色が点々と見えるようになってくると、僕は親に頼まれてふきのとうを摘みに行くのが毎年の恒例だった。

田んぼ道のわきとか土手の斜面とか、露出した土の上には去年枯れてそのままになっている草の薄茶色の葉がへばりついているが、その下には新しい緑があちこちで芽吹いていて、やがて古い葉を押しのけて顔を出すタイミングを待っている。僕はそんな古い葉を木の枝でめくりながら土手を歩き、下に隠れているふきのとうの蕾を探した。

ふきのとうは蕾の状態で摘まないと食用には適さない。せっかく見つけても花が開いてしまっていることもあり、そんな時はあきらめて次を探すしかない。林のような木が多い場所ではあまり見つけられず、比較的に日の当たりやすい田んぼのそばとか、田舎道の用水の近くとかにひっそりと生えていることが多かったように思う。

日曜日の午後とかにずっとあちこちを回って、ざるに一杯くらいのふきのとうを持って帰ると、母と祖母はそれをきれいに洗ってふきのとう味噌を作ったりみそ汁の具にしてくれた。
ワクワクしながら夕食の席につくと、小皿に盛られた茶色い焦げのかたまりみたいなものが出ている。

「え~これだけ?」

と文句が口をついてしまう。
摘んできたふきのとうで作ったふきのとう味噌は、実際びっくりするくらい少ない。
しょせん葉物なので火を通すとぐっと小さくなってしまうのだが、あんなにあちこち歩き回ってざるに一杯摘んできたのに、こんなにちょっとしかできないんだと、子供心には残念な感情のほうが強かった。

でもふきのとう味噌はご飯にはピッタリの味と香りだった。
特にあの独特の香りは食欲を増進させて、何杯もご飯をおかわりしていたと思う。
しかもこの香りは好き嫌いがはっきりしていて、家族の中でも食べられるのは僕と父だけで、母も祖母も妹も、一切箸をのばさなかった。

おかげで少量ではあったけど、父と仲良くわけながら、春の味を堪能していたように思う。今思えばずいぶん生意気な小僧だ。

関東に住むようになってから、ふきのとうは多分一度も食べてない気がする。
元妻もあの匂いがダメらしく、一度も食卓に出てきた記憶がない。
今日は買わずに帰ってきたけど、あの香りはきっとお酒にも合いそうなので、近々久しぶりのふきのとう味噌を自分で作って味わってみたい。

1月も間もなく終わる。
これから少しずついろんな「春の使者」が小出しに登場して、僕らを楽しませてくれるのだろう。
期待しちゃうよ(^^)

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