明日 風になろう

地味で真面目で、時々おいしそうだなあって思われたいブログです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

愛しき関西弁

「正月から大変やねえ」
昨日、訪問した先で対応してくれた奥さんから笑顔で言われ、寒空のしんどい外回りが少し救われた気がした。ねぎらいの関西弁は以外に暖かい。

時々、訪問先の奥さんが関西人であることがある。
というか関西弁を話す奥さんに出会うことがたまにある。言い換えればそんなに多くはない。当然地元の関西で活躍している人が一番多いだろうし、結婚して関東で暮らすという人はそんなに多くないのかもしれない。

でもそれを差っ引いても、関西弁に出会う確率は過去よりも下がった気がするがそんなことはないのだろうか。あいまいな記憶かも知れないが、かつては職場でも取引先にもご近所にも、もっと多くの関西弁が聞こえていた気がする。もしかしたら、昔と比べると関西弁を関東で喋らない関西の人が増えているのかもしれない。

関西の人たちはたとえ関東に住んでいても標準語は喋らない、というのが僕の時代の印象だ。よく小説なんか読んでいても、関西人の主人公が東京へ行って地元へ戻ると「おかしなコトバを喋るようになりよって」と指摘されるシーンがあるが、事実僕の周りにも関西弁しか話さない関西人はフツーにいた。

自分たちの言葉に誇りを持っているからというのもあるだろうけど、実際に関西弁は標準語と同様に、日本中どこへ行っても通用する言葉だから、使っていて困ることもないのだろう。富山弁ではとてもそうは行かない。

また関西弁と一口に言っても、大阪と京都と奈良と神戸では全然違うと言われたら、僕にはさっぱり区別ができないので、文字で表すと「そこ違う」と厳しいご指摘もありそうだが、そこは大目に見ていただくとして、僕の中で関西弁がとても暖かい言葉として刷り込まれたエピソードを書いてみる。

最初に就職した会社で、僕の教育担当になったのが大阪出身の女の人だった。24歳だった僕より2歳年上で、いつも真っ黒なスーツを着てるのしか見たことがない人だった。僕はこの人にいつも「何してんねん?アホちゃうか?」と同じフレーズで怒られていた。

怒られていたと書いたが、別に彼女は怒っていたわけではなくて、日常のやりとりの言葉として使っていただけだとわかってはいたが、最初のうちは少し緊張した。「せやからアンタダメなんや。これからどうすんのん。」とストレートに言われると「あ~ダメなのか」と結構ブルーになってしまったりしたが、彼女は普通にこの先の仕事の方向をどう考えているのか聞いていただけだ。

勝手にショックを受けて落ち込んで、その夜はパブで大酔っぱらいになったりもしたが、その場所にちゃんと彼女はいてくれて一緒に酔っ払ってくれた。とても面倒見のいい人だったのだ。
「キツイなあ」と思いながらも少しずつ慣れて、結局はいつも本質をついてくるその人の関西弁に、このセンパイはわかってくれていると、ある日気づくことになる。

関西弁は聞こえ方がキツくて、ズバズバっとストレートに言いたいことを全力で投げてくる。
だから守りたいものがたくさんあった小僧の時代はすごく苦手だった。
でも勝手がわかってしまうと、それはとても暖かく優しく人情味溢れる言葉で僕はとても好きだ。

先ほどの教育担当のセンパイにはもうひとつ逸話がある。

彼女は1年後には僕のいた職場から昇進して異動していったのだけど、その後僕は仕事で大きなミスをやらかして、会社の大きな顧客を競合に抜かれるという大失態をしてしまった。
仕事に失敗はつきものだし、次にどこかで取り返せばいいと思っていたし、同僚や上司もそう言ってくれた。
僕は早くそんなことから切り替えて、次の目標を追いかけようとムキになっていた。

そんな時、たまたま以前の顧客との仕事があったか何かで彼女が古巣の僕の事業所へ一時だけ戻った。僕らは皆で再会を喜び合って、当然のようにその夜は飲み会になった。

彼女は人気者だったのであちこちでつかまって、とてもゆっくり話せる雰囲気ではなかった。でも会も終わり間際になってようやく彼女と話す時間ができて、僕は改めていろいろと教えてもらったお礼を述べ、合わせて謝罪した。

「なに?どないしたん?」

当然不思議そうに彼女は聞く。実は先日競合に取られた顧客というのは、彼女が新人時代に苦労して獲得してきた、ある意味とても大切な顧客だったのだ。僕は事情を説明し(というかイイワケしたにすぎないのだが)素直に謝るしか無かった。

彼女は黙って僕の話を聞いて、僕が話し終わってしばらくするとこう言った。

「アンタのやってきたことは、まちごうてなんかない。ただちょっとタイミングが合わんかっただけや。気にすることなんか無いんよ。」

若かったし酔っていたせいもあるし、僕は不覚にも泣いてしまった。彼女はあとは特に何を言うでもなくただそこにいてくれた。

別に関西弁でなくても、こういうセンパイがいてくれたことはとても幸せだと分かっている。
ただ僕にとって関西弁という言葉は、本当に苦しい時に聞こえのキツさとは裏腹に、大きく包んでくれるスケールを感じる言葉なのだ。そして僕にとっては関西弁はこのセンパイとセットの存在で、切り離すことはできない。

彼女はやがて結婚して会社を辞め、その後どうしているのか今では全くわからないけど、オジサンになった今でもひとりの夜とかに時々思い出す。

いまでもどこかの空の下で、子供とか、ダンナとか、もしかしたらまた就職した職場とかで「何してんねん?アホちゃうか?」と例の調子でやっていて欲しいなあと、つくづく思う。

0546855233cb62c586fd7efdbb155e57_s.jpg


日々の出来事 ブログランキングへ

-2 Comments

ぢょん・でんばあ says..."関西弁"
こんにちは。

いーいオンナですねえ、その先輩。

カゼマカセさんの関西弁体験がその方であったことは、すごく幸運だったと思います。

関西弁って、ものすごくイヤミで不快な言葉にもなりますから。

私は東京に住んでいる間、そとでは関西弁をほとんど話さなかったので、実家に帰る時「え?ぢょんさん関西の人だったの?」と驚かれました。
2015.01.09 09:47 | URL | #- [edit]
カゼマカセ says..."Re: 関西弁"
こんばんは♪

いーいオンナでしょー?

他にも関西の人とはたくさん付き合いましたが、あまり嫌な人はいませんでした。
年をとるごとに年下の人が多くなったからかもだけど、いい思い出のほうが多いです。

幸運だったのか…。フツーだった気がしますが。
2015.01.09 20:07 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://kazemakase2013.blog.fc2.com/tb.php/320-b1355565
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。