明日 風になろう

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俯いて飲みたいこともある

この半年くらいだろうか。一人で飲みに行くということがめっきり減った。

離婚して一年くらいは、よく立ち飲み屋とかをあちこち冷やかしたりしていたのだけど、それもすっかりご無沙汰している。今でも定期的に通っている店は地元のバーが一件あるだけで、それ以外のお店はまったく足が遠のいている。

別に何か大きな心境の変化があったわけでもないが、そうやって飲み屋に「顔を出す」というのがだんだん面倒になってきているのだと思う。
店へ行けば当然大将やマスターと話もするし、それが楽しいからと思って通っていたのも事実なのだけど、ここ最近、そういう感覚が無くなってきた気がするのだ。

「酒を飲む」ということに対して、求めるものが変わったのだろうか。

先日NHKの報道番組で、ちょい飲みや大衆酒場など現代の酒場文化について放送されているのを見た。番組では、人は仕事と家庭だけでは息が詰まってしまうから、第三の空間での息抜きを必要としていて、それが酒場なんだと、そのような主旨のことを言っていた。
職場でも家庭でも、それぞれ求められているペルソナを演じなければならず、本来の自分に戻ってリラックスできる場が必要なのだと。

たしかにそういう飲み方をしていた時期もあった。以前の会社に勤めていた頃は、そういう気持ちは強かったし、仲間と飲みに行ってストレス発散、というのもよくあったと思う。

でも離婚して以降の一人飲みというのは多分そういう目的ではない。

家で一人で飲んでいるのがとにかく嫌だから、人のいる場所にいたいというのが一番の理由だったと思う。
いろんな店に行っていろんな社交辞令を言いながらお付き合いを広げて、自分が関わる人の数を増やしたいというのが気持ちのどこかにあったと思う。
僕の場合、離婚とともに事業の撤退も同時期にあったから、自分が意識して行動しなければ「徹底的に一人」という時期でもあった。メンタル的にもかなり追い詰められていたし、逃げ道も必要だったと思うのだ。

最近、そういう「一人でいることを避けたい」気持ちがだんだん薄れてきたのだろうか。
よくわからないけど、以前ほど気にならなくなってきたような気がする。そしてそうなると、無理して初めての人と付き合うことが、かえってストレスになるのを感じるのだ。

黙って飲んでいたい、というのが今の僕の理想です。
一人で飲んでいると、悶々と良からぬ事を考えたり、現実的になりすぎたりもするけど、そういうのに付き合いながら飲めるようになることもひとつの成長だと思うのだ。
でもお店へ一人で行くと、みんな気を使ってくれるからなかなか放っておいてはくれない。
恐らくそれが最近、面倒になってきているのだろうと思う。

八代亜紀の「舟唄」みたいな店があったら落ち着くだろうなとよく思う。

お酒はぬるめの燗がいい
酒場はあぶったイカでいい
女は無口な人がいい
灯りはぼんやり灯りゃいい

人間だれでも、暗く俯いて飲みたい時もある。
それが毎日だと具合悪いけど、年を取ればだんだんと、楽しいだけが酒ではなくなると思うのだ。
でもそんな風に飲ませてくれるお店にはなかなか出会えない。

きっと僕などは、寒くて暗い雪の吹きすさぶ日本海のそばの流行らない赤ちょうちんで、無愛想な女将を相手に乾き物をかじりながら飲んでいるのが似合うのかもしれない。

50歳になったばかりでこの演歌キャラ。
果たして健康的といえるのだろうか。

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